○写真スタジオ・内
フラッシュが何度もたかれ、新調したスーツでキメた須和が撮られている。
カメラマン「はーい、まだ少し固いですよー、目力くださーい、情熱を感じさせてくださーい」
その後ろで見守る物部。
カメラマン「はーい、まだまだ撮りますよー」
須和の頬が疲れでひきつっている。
○物部家・居間
食卓に選挙へのマスタースケジュール表が広げられる。物部、はじめの方の「写真撮影」にチェックを入れる。
物部「よし、これでチラシに名刺、後援会の入会案内がつくれる」
須和「おお、俺の名刺っすか」
物部「身なりを正したんだ言葉使いも正そう」
須和「あ、はい。僕の名刺ができるのです、ね?」
物部「(笑って)そうだ、名前は(と、表に書く)須和ぎんぺい、と、これでいいか?」
須和「ひらがなに変えるんですね」
物部「ああ、親しみやすく分かりやすく」
そこへ、佐代里がお茶の差し入れにやって来て、
佐代里「あらあら、本気で始めちゃったのね」
物部「決まってるだろう、本気だ」
佐代里「仕方ないわね、そんな夫を選んだ私にも責任があります。手伝わせてもらいますからね」
物部「(頷き)これで選挙戦の最少人数、三人が早くも揃ったって訳だ」
須和「なんか、本当にやれそうな気がしてきますね」
物部「何を今更……やるんだよ。しかしまだ心許ない。あと一人ぐらい幹部をリクルートしたいものだが……」
佐代里「こんな夢みたいな船に、自分の仕事を投げ出してでも乗り込んでくれる人……」
物部「私らの知り合いにはいそうにないな」
須和「僕、知ってますよ一人、そんな人」
物部・佐代里「え?」
○走る車・内
運転する物部。助手席で分厚い本(地方自治法に関する)に書き込みながら読んでいる須和。
物部「須和くん、それでその『よっちゃん』という侍の居場所、本当にわからないのか」
須和「わかりませんよ。派遣であちこちの建設現場で働いてるってことしか……」
物部「本当に君たちときたら――」
須和「すみません。この『制限的列挙』って何ですか」
物部「ん? ああ、議会は自治法に規定されていること以外は勝手に議決事項にはできないってことだ」
須和「なるほど、やっぱり市長の権限の方が包括的なんですね」
物部「(須和に目を見張る)」
須和「何ですか、前見て運転してください」
物部「やけに呑み込みが早いじゃないか」
須和「図書館通いのおかげですよ、きっと。それに昨日は、徹夜で勉強しました。けどまだまだ物部さんの足元にも及びません」
物部「言ってくれるな。蛇の道は蛇、仏の沙汰は僧が知る、だ。地道に行くか」
須和「ですね」
○捜索のモンタージュ
様々な建設現場や作業所で「よっちゃん」について訊き込みをする物部と須和。ついでに物部は簡易チラシを渡し、須和はぎこちない握手とお辞儀をしていく。
物部が車を運転し、須和が助手席で勉強し、そしてまた建設現場で訊き込みと挨拶――
○高架下
電車が過ぎ去る音――
落書きの壁の前で、田丸と中前が身を寄せ合い、うずくまっている。
そこに、スーツ姿の物部と須和が駆けて来る。
須和「あ、やっぱり、あの時の」
物部「知り合いなのか?」
須和「ええ、よっちゃんさんに紹介して頂いた方たちで――」
中前「(睨み)あぁん?」
田丸「何の用だおめぇら」
須和「いや、あの須和ぎんぺいです」
田丸「ギンペイ……って、おめぇ、ギンか、どこ行って――」
中前「(遮り)やめぇタマ。すっかりお屋敷の飼い犬になっちまってら。ほれ見ろ」
と、物部の胸の議員バッジを見やる。
田丸「ギン、おめぇ……」
物部「まだ告示前なので表明はできませんが(チラシを差出し)須和くんも直に政治に携わるつもりでいます」
中前「おれたちゃ選挙権もねぇんだ(チラシを叩き捨て)バカにすんな!」
物部「……」
須和「住民票を取得して、三ヶ月経てば、選挙権は誰でも持つことができます」
中前「あぁ?」
須和「住民票があれば国民保険にも入れます。市の職員がきっと相談に乗ってくれます。まだ人生、やり直すことができるんです」
田丸「ギンおめぇ……変わったな」
須和「(首を振り)未だにビクビクしてます。恐いです。いきなり市長なんて……でも、決めたから。立ち上がるって」
中前「おい」
須和「?」
中前、突然須和を殴る。倒れる須和。
物部「須和くん!」
須和「(制し)はは、大丈夫です。大丈夫」
中前「みんな――スギもヤスもトッつぁんも、みんな、行方不明ンなったよ、生きてるかもわかんねぇ。何が政治屋だ、おめぇも同じクズヤローのくせに、バカが!」
立ち上がって、
須和「僕は、みんなが、すべての人が暮らしやすい成央市にしたいんです!」
中前「だからおめぇに何が――」
と、掴みかかる。
吉平の声「やめろよ!」
田丸「……よっちゃん」
吉平がつなぎ姿でスーパーの袋を持って現れる。
吉平「もういいだろ、ナカさん。ギンは自分の意志で闘おうとしてんだ」
中前、舌打ちし、手を放す。須和、足を震わせながら、必死で立っている。
吉平「そうだろ、ギン? それとも、そいつの操り人形か?」
須和「違う! 僕は、僕みたいなクズヤローでも変われるんだってこと、みんなの役に立てるんだってこと、証明したいんです!」
吉平「(笑って)いいじゃねぇか、そりゃ。ホームレスから政治家だなんて、大富豪でいや革命だぞ」
物部「貴方が、よっちゃん、さんですか?」
吉平「何だよそれ、オイラにゃ吉平克也っていう縁起のいい名前があんだ。ほれ、タマさん(と、田丸にスーパーの袋を渡す)」
田丸「お、おぅすまねぇ」
物部「吉平さん、たっての願いがございます」
吉平「うん?」
物部「革命を起こすには最低でもあと一人、同志が必要です」
吉平「ああ……なるほど」
中前「ちょっと待てよおめぇら、よっちゃんまで奪ってくつもりか?」
物部「そんなつもりでは――」
田丸「よっちゃん。手伝ってやんなよ」
吉平・中前「え?」
田丸「これ、見ろよほら」
と、落ちた簡易チラシを拾ってみせ、
田丸「須和ぎんぺい、まちへの恩返し、だとよ。恩返しの手伝いなら、よっちゃん、あんた打ってつけだよ」
吉平「……オイラさ、腹減って死にそうなったとき、ホームレスのおっちゃんたちに助けてもらったんだよな。だから――けっ、めんどくせぇ、おぅ、あんた」
物部「はい」
吉平「その手伝い、給料はもらえんだろうな」
物部「選挙運動員と労務者へは、報酬を渡すことができます。多くはないですが」
吉平「構わねぇよ、どうせ安月給だ。それにそっちの方が、夢がある!」
須和「……」
吉平「手伝わせてくれや、ギン」
と差し出した手を須和、両手で掴む。
須和「ありがとうございます!」
○成央市立中学校・体育館
ぱらぱらと拍手の鳴る中――
「無所属 須和ぎんぺい後援会発会式」の横断幕が横切る壇上に須和、立つ。
壇上下手側には、物部、佐代里、吉平が見守っている、
マイクのハウリングが響く。
須和「えー、皆様、ここは僕の母校です。最後の、人生でもっとも思い出深い母校です」
聴衆を見渡す。重労働者やホームレスらしき社会的弱者がごく少数。
須和「でもまさか、僕がこの壇上で話をすることになろうとは、十代の自分には、思いも寄らないことです。生きてて、よかった――大げさですが、今はそんな気持ちで胸がいっぱいです」
吉平「まだ早ぇよ、勝負はこれからだろ」
一同、笑い。
須和「そうですね、本日は後援会の発会式、いわば戦いを決起する日です。もう、これで本当に、後戻りはできません。僕はカネなしコネなし、学歴も資格もありません。無謀な戦いに挑もうとしていることは百も承知です。しかしそれゆえに、余計なしがらみも、守る地位も、市民を見下すプライドも、失うモノは何もありません。そして、社会的弱者の気持ちは痛いほどよくわかります。成央市のあちこちを実際に歩いて、見て、時には寝て(笑)このまちの素晴らしい所と、直した方がいい所、たくさん、たくさん見つけました。それで――」
聴き入る人々。
須和「僕は、このまちをもっと『人生のやり直しがしやすいまち』にしたいと思います。それが私、須和ぎんぺいの考えです――」
○成央駅・前(朝)
辻立ちで演説する須和。
須和「(緊張)えー、と、そういうことです」
ビラを配っている吉平が背中を叩き、
吉平「それで終わりか? え?」
須和「あ……いや」
吉平「たとえばどーすんだよ、たとえば」
須和「えー、たとえば、雇用や医療、福祉をもっと個人個人に合わせた柔軟な対応をとれるように配慮します。そのために、市の職員の役割分担、労働時間等の見直し、さらに生活保護や保険、年金などに関して、小さな町のお医者さんのように丁寧に診察してゆきます」
人々が無視して通りすぎていく。
吉平「よく言った。大病院の流れ作業みたいな政治はもう終わり! 皆さん、そう思いませんかー?」
須和「(微笑んで)その通り――」
○成央市立公民館・集会室
ミニ集会、前回より多様な人たちが野次馬的に増えている。板上で話す須和。
須和「国民総中流時代も大量生産大量消費時代ももう終わりました。いつまでもそんな古い体制でまちづくりをしようだなんて土台無理な話です。今は一人一人、こーんなに違う……」
と、板上から降りて一人一人の前で、
須和「酒屋のおじいちゃんはまだ若者に面倒見てもらうには早い」
酒屋、どんと胸を打つ。
須和「だけど妊娠中のお母さんは、再就職の不安に怯えることなく、もっとゆとりを持って働きたい……ですよね?」
妊婦、真剣に頷く。
須和「僕は、今の成央市がみんな安心して暮らせるまちだとは到底思えません。ルールや条例で縛られ、息苦しくて、大人は子供に決まったことしか教えず、子供たちはその枠を破ろうと非行に走る――僕も何度いたずらされたか分かりません。いたずらというより、もはや犯罪でしたけど(笑)」
笑いが起こる。
そこに一人の美女、満井悠美(24)が紛れていて――
須和「そんな僕も、こうして変われました! そちらの物部さんやまちの人たち、皆様のおかげです。残りの全人生を懸けて、僕はこのまちやひとに、恩返しをしてゆきます。僕はもう絶対にブレません、挫けません!」
一同、拍手。その輪に囲まれる須和。
悠美、そこからすっと抜け出す。
○藤浪大介選挙事務所・本部
「祈 必勝」と書を認めている藤浪。
スタッフ「藤浪市長、市長選まであと一ヶ月ですね。やはり何度やっても興奮するものですか?」
藤浪「そりゃあね。しかし、何が起こるか分からんからこそ、勝負事は楽しいのだよ」
スタッフ「さすが、深いですねぇ、藤浪市長」
そこへ、悠美がやって来る。
悠美「ただいま戻りました」
スタッフ「ああ、悠美さん。お疲れ様です」
藤浪「挨拶はいい。で、どうだった?」
悠美「予想以上かもしれませんね。大衆は、夢や希望に飢えていますから」
藤浪「夢や希望じゃ腹は充たされんよ。しかし確かに、一理ある」
悠美「どういたしましょう?」
藤浪「そうだな……鳴くのなら潰してしまえ蠅ごとき」
悠美「仰せのままに」
スタッフ「見事な一句です、市長!」
蠅のようにゴマをする。悠美、去る。
必勝の書を掲げ、ご満悦の藤浪。
○成央市立図書館・内
机に本を積み重ね、頭に鉢巻きをして勉学に励んでいる須和。
その隣に、悠美が歩み寄る。
悠美「(囁き)こんにちは、須和ぎんぺいさん」
須和「?(頭を下げる)」
悠美「私、こういう者です」
と、名刺(雑誌記者)を渡す。
須和「あ、記者の方……」
悠美「お勉強中、失礼なんですけど、是非インタビューを、と」
須和「インタビュー…?」
魅惑に微笑む悠美。
○ビジネスホテル・前の道
悠美に付き添われ歩く須和。
悠美「こちらです」
須和「え、ここ…?」
悠美「はい、静かに丁寧に対応するのが、わが誌のモットーですから」
と、須和に近寄る。
須和「(照れ)はは、同じですね、僕らと」
悠美「ええ、同じです」
と、須和の手を取る。
物陰から狙うカメラのレンズ。
驚いて身を引く須和。つまずく悠美。
悠美を抱き寄せる格好になった須和。
素早く切られるシャッター。
○写真のモンタージュ
須和を中心に物部と佐代里と吉平、朝の駅立ち、ビラ配り、握手などの政治活動、そしてリフレッシュ休暇(温泉など)――輝かしいスナップショットがシャッター音と共に積み重ねられて――
○物部家・外観(夜)
しんと静まり返った月夜。