難民の選挙 起

○日本いのちの電話連盟動画紹介ビデオ

冒頭部――

N「あなたは気付いていますか?」

雑踏――

N「一見豊かに見える社会で、孤立し、孤独な人がいることを。そして、たくさんの人が死に直面するような心の危機に遭遇していることを――」

 

○高架を走り抜ける電車

雨が降っている。

 

○高架下

電車の過ぎ去る音――

雨がコンクリートを激しく打ちつけている。

ボロを纏った須和吟平(29)、落書きのある灰色の壁を背にしてうずくまっている。もう何日もずっとそこにそうしていたように――

そこへ、高級ブランドのスーツをぐしょ濡れにさせ、雨宿りに走って来る、物部利明(47)。

物部「(ため息)これだから予報は……」

須和「……」

物部「(須和に気づき)しばらく借りるよ、ここ」

須和「(物部を見る)……いや」

物部「ん?」

須和「違うんで」

物部「何が?」

須和「別に、ここ、俺の場所じゃないんで」

物部「ああ、なるほど、そういうことか」

須和「……」

物部「……(雨雲の空を見上げて)なるほど」

と、急に失笑する。

須和「え?」

物部「いや、すまない。君はおかしくない。確かにそうだ、ここは君の場所じゃあない」

須和「はあ」

物部「だが……なぜわざわざ、君はそう言ったのか、それが非常に不思議でね、つい」

須和「……」

物部「すまなかった」

須和「いえ……」

人々が雨から逃げるように駆けてゆく。

須和「あの……」

物部「ん?」

須和「よかったら、これ……」

後ろからボロのビニール傘を取り出す。

物部「え……」

須和「使ってください」

物部「……いや、それは」

須和「いいんです、どうせ拾い物ですから」

物部「しかし、それでは君は……」

須和「どうせ暇ですから」

と、笑ってみせる。

物部「君……名前は?」

須和「え?」

物部「私は物部利明。ここ成央市で市議会議員を務めている」

須和「ぎいん、さん……でしたか。そりゃ、どうも(傘を引っ込める)」

物部「何も恐縮することはない。顔を上げてくれ」

須和「いや、俺なんか……コレっすから」

物部「……君は、私に向かってわざわざ正しいことを言ってくれた。そして、優しい行為を示してくれた」

姿勢を低くし、須和と視線を合わせる。

物部「私も、本当は、もっと正しいことが言いたい。そして、市民に対して優しい行いがしたい」

須和「(物部の真剣な眼差しを見つめ)……」

物部「傘、貸してくれないか? これから、街頭演説に行こうと思う」

須和「あ、はい」

と、ボロ傘を渡す。

物部「代わりに、これを」

と、名刺を差し出す。

須和「え、これ……?」

物部「借りを返すときのためだ、受け取ってくれ」

須和「じゃ、まぁ一応……(受け取る)」

物部「(笑んで)それじゃ」

と、傘を差し、雨の中へ出る。

物部「?(傘の破損からの雨漏りに気づく)」

須和「あ、ボロくてすんません」

物部「いや、けっこう」

と微笑み、去って行く。

須和、ふいに歯を食いしばり、立ち上がる。

須和「あの!」

物部「(振り向く)ん?」

須和「俺、須和吟平っす! 名前!」

物部「……ああ」

須和「あの、俺も! 本当はもっと正しいことやりたいっす! 見返してやりてぇっす!」

物部「……」

須和「でも! 俺じゃできねぇんで、どうか、議員さん、よろしくお願いしやっす」

頭をぎこちなく下げる。

物部「ああ……ああ、分かった」

もう一度須和に近づき、手を差し出す。

須和、汚れた手を汚れた服でこすって、物部と握手。

物部「約束する」

汚れた笑顔を見せる、須和――

 

○メインタイトル『難民の選挙』

 

○成央市議会・本会議場

議長席で議長が議会を進行していく。

議長「次は日程第三議案第4号、公園及び河川敷における野宿者等によるテントや小屋、廃材の全撤去を求める案件を議題とします。本件は都市環境委員長からお手元に配布しました文書の通り、受諾、直ちに決行との申し出にご異議ありませんか?」

議員たちの声「異議なし」

議長「ご異議なしと認め――」

物部の声「異議あり!」

議長が怪訝に顔を上げる。

議員席で物部が場違い的に立っている。

物部「やはり本市は他市と比べ、ホームレスの数も多く、強制撤去の前にまずやるべきことが――」

議員たちが笑い声を上げる。

議員「議論を尽くした結果決まったこと」

議員「今更蒸し返すのは野暮だよ君」

議員「しかもこの場で」

物部「しかし彼らも一市民、先行き不透明のまま、安易に排除すべきではありません」

理事者席の市長、藤浪大介(66)が腕を組んだまま、

藤浪「議長、会議の進行を願います」

物部「お待ちください市長!」

藤浪「ならば、物部利明くん、多額の税金を納める方々のたっての要望を、君は反故にするというのかね?」

物部「それは……」

藤浪「まぁ落ち着きたまえ。もうすぐ閉会だ。私の市長としての任期もまもなく終わる。立つ鳥跡を濁したくはないのだよ」

議員たちが笑い声を上げる。

議員「市長、是非もう一期」

藤浪「ははは、その話はまた後でじっくりと。では議長、お返しします」

議長が再び、文書を読み始める。

議長「では、ご異議なしと認めます。従ってこのように決定しました。以上で本定例会の会議に付されました事件はすべて終了しました。これで本定例会を閉会します」

一同に立ち去って行く議員たち。

物部はその場で立ち尽くし……

机を握り拳で叩く。

 

○河川敷

ダンボールやビニールシート等で作られた住居群。

寒さに身震いしながら、寄り集まって携帯コンロに載せた鍋に具材を入れている中高年のホームレスたち(田丸、杉岡、中前、安野、戸川)。

そこへ油で汚れたつなぎ姿の吉平克也(36)が手土産を持ってやって来る。その後ろから、須和が俯いてついてくる。

田丸「おー、よっちゃん」

一同、吉平を歓迎する。

吉平「ほれ、肉」

ホームレス一同「おお、肉!」

吉平「ハトの」

ホームレス一同「ハトかよ!」

吉平「(笑)嘘だよ、ちゃーんと、ほれ」

と、業務用の鶏ムネ肉を取り出してみせる。

杉岡「いいねぇ、贅沢だねぇ」

中前「よっちゃん様様だ、へへ」

吉平「(肉を預け)そんじゃオイラはこれで」

安野「え、一緒に食べてけって」

吉平「や、まだ仕事があんだって」

戸川「そうか、そりゃおめぇ……」

吉平「(礼なんて)いいから。代わりにコイツ、食わせてやってくれや、な」

と、須和を前に押し出す。

須和、不器用に頭を下げる。

中前「まぁた、犬猫じゃあるめぇし」

須和「……」

安野「でもま、よっちゃんの頼みだ。聞かない訳にゃいかねぇだろ」

吉平「(笑み)さんきゅな」

戸川「(礼なんて)いいよ。(須和に)ほれ、おめぇさん、名は?」

須和「(ぼそっと)須和吟平です」

田丸「ああ? 聞こえねぇよ」

吉平「スワギンペイだってよ、ギンペイ」

杉岡「(笑って)なんでぇ、トリみてぇな名前しやがって」

須和「……」

吉平「(苦笑)慣れてねぇんだよな、こーゆうの」

田丸「(笑って)しょーがねぇ、おいギン。おめぇも帰る家がねぇんだろ?」

須和「あ、はい」

杉岡「まだ若ぇのに……てやんでぇ、おめぇも今日からおれたちの仲間に入れてやる」

須和「仲間……」

安野「おぅ。これからは腹が減ったら、いつでも来いよ。不味い飯食わせてやっから」

中前「バカ言え。ガキ養う余裕どこにあんで」

戸川「そりゃおめぇよっちゃんが、な?」

吉平「(苦笑)ま、いつでもとは言わねぇが、たまには、な、頼むよ……(腕時計見て)おっといけねぇ、行くわ」

田丸「おぅ、またな」

と、吉平が去りかけると、市の職員たちが押し寄せ、横に整列する。

吉平「え?」

市職員「(ハンドマイクで)行政代執行法に基づいて撤去します」

ホームレス一同、大慌てで各々の小屋へ散り、両手を広げ立ちはだかったり、中で岩のように腰据えたり。

市職員、「かかれ」の合図で一斉に小屋へ向かう。

吉平「ちょ、おいっ!」

 

○成央市役所本庁舎・市長室

「市長 藤浪大介」プレートを前に、腕を組んで座っている藤浪。

立ち向かっている物部。

物部「藤浪市長!」

藤浪「物部くん、君もしつこい男だ」

物部「私は、一市議会議員として!」

藤浪「何か、個人的思い入れでもあるんじゃないのかね? ホームレスに対して」

物部「それは……特に(ありません)」

藤浪「そもそもだよ、公共の市民の場所を不法に占拠し、まちの景観を損ねているのは彼らなんだ」

 

○河川敷

数名の市職員に小屋から引っ張り出される田丸。必死で抵抗している。

剥がされるビニールシート。それを見て市職員に飛びかかる中前。

中前、他の市職員たちに袋叩きに――

吉平「やめろ!」

と、叫び加勢する。

ただ突っ立って見ていた須和――

逃げ出す。

 

○成央市役所本庁舎・市長室

物部、険しい顔で立っている。

藤浪、ゆっくりと立ち上がりながら、

藤浪「義務を果たさないばかりか法まで犯す犯罪者たちのせいで、河川敷でのレジャーや公園を使ったイベントが安心かつ安全にできない、そんな成央市に私はしたくないのだよ」

物部の後ろに回り、肩に手を置く。

藤浪「わかるね?」

物部「(ごくりと唾を飲み)それは、次期選挙へ向けた人気取りでしょうか、それとも」

藤浪「なんだね、言ってみなさい」

物部「外郭団体からカネを握らされた、とか」

藤浪「(失笑)馬鹿も休み休み言いたまえ。君はまだ、この世界に入って日が浅いようだ」

出口へ向かう。

物部「(振向き)市長それはどういう――?」

藤浪「良きに計らえ」

と、豪快に笑いながら去って行く。

物部、その背を睨みつける。

 

○成央駅・前(夕)

須和が歩いて来る。

憔悴しているよう――そして、電話ボックスへ入る。

その中で、こらえ切れず泣く、須和。

泣きながら、握りしめていた百円玉を投入。さらにポケットの中から一枚の名刺を取り出して、ダイヤルボタンを押す――と、

佐代里(物部の妻)の声「はい、物部でございます。どちら様でしょうか?」

須和「あ、あ、あの……」

佐代里の声「(怪訝に)はい、何か…?」

須和「あ……いえ、何でも!」

ガチャン、と切ってしまう。

「100円は、おつりがでません」の表示。

須和「くっそぉ……」

もう一銭もなく――

須和「何だよもう、ちくしょう……」

透明な壁に頭を打ちつける。