【シナリオコンクール入賞作】華よりパン! 転

 

○とんかつ屋「だるま」・店内

キャベツが手早く千切りにされていく。

厨房で店主が調理をしている。

そこへ――

未絵「店長!」

と、飛び込んでくる。

未絵「すみません! クビだけは……」

店主「一度の失敗でクビにしてちゃキリねぇよ。(かつを油に投入し)これが揚がっちまう前に早く着替えな」

未絵「はい!」

と奥へ行き、ロッカーを開ける。

店主「志藤ちゃん」

未絵「(前掛けを結びながら)はい」

店主「昼飯抜きな」

未絵「それだけは」

店主「なら半時間分の給料減らすか?」

未絵「そんなぁ、いつもの三倍頑張りますから……」

店主「そうは問屋が卸さねぇ」

未絵「それなら私のお肉で」

店主「冗談じゃねぇや」

未絵「冗談ですよっ」

と頭巾を結び留める。

かつが香ばしく揚がる。

 

○あかりの家・和室

足袋、長襦袢などを身に着けた未絵が、地味な小紋の着物に袖を通す。

あかりがその着付けを見ている。

もたつく未絵に、

あかり「あんた、もしかして初めてかい?」

未絵「え? な、何言ってんですか、これでもちゃんと成人式も終えて」

あかり「おばか、自力で着付けしたことないだろ、って言ってんだよ」

未絵「そりゃぁイマドキみんな――」

あかり「『みんな』は関係ない!」

未絵「はい」

あかり「やったことないことはできないで当たり前、だったら最初から素直に教えを請えばいい」

未絵「一人でできないので……手伝って頂けますか?」

あかり「よし。それじゃ、まず」

洗濯ばさみを袖から取り出し、未絵の後ろ襟をつまむ。

未絵「ええ? 何ですかそれ」

あかり「こうやって動かないようにしておくんだよ、慣れるまではね」

未絵「はぁ、なるほど」

あかり「それから裾の丈を――」

と、着物のずれやたるみを整えながら、

あかり「前座は地味な小紋だけ、だけど二つ目に上がりゃ綺麗な振袖も着られるようになる、その前にちゃんと一人で着られるようにしとかないと、ね」

未絵「憧れます、きらきらの振袖」

あかり「憧れで終わらせるんじゃぁないよ。はい、できた」

未絵「おぉ」

あかり「あとは帯だね」

と帯を取り上げる。

あかり「一度あたしが締めるから、しっかりその目に焼き付けるんだよ」

未絵「二三度見ないとちょっと無理かも……」

あかり「(未絵に帯をまわしながら)そんな時間はない。今日は絶対に遅刻は許されないからね」

未絵「それは昨日だって」

あかり「おだまり!」

と帯できつく締め上げる。

未絵「ぐぇ」

 

○お江戸上野広小路亭・2F・楽屋

小紋姿の未絵が緊張して立っている。

三人の講談師が鏡の前に並んでいる。

あかりが未絵の背をぽんと押す。

一番奥の二条院陽雀(講談協会会長)にあかりと未絵、近寄る。

あかり「陽雀先生」

陽雀「おぅ、どうしたぃ?」

あかり「この度わたくし香田あかり、新しく弟子を迎えたく存じまして――」

陽雀「弟子? あかり、おめぇ……」

と、隣にいた格上芸人が口を挟む。

格上芸人「陽雀先生、あかりにゃ弟子のしつけは無理ですぜ」

未絵「(思わず)そっ、そんなこと…!」

それをあかり、制す。

格上芸人「また気性の荒そうな女を……まだ懲りてないのかねぇ」

一番手前にいた青山も便乗して、

青山「あっしも反対に一票」

あかり、青山に目を向ける。

青山「いやね、あっしはあねさんのためを想って言ってんでさ。五年前、相当応えてたのは、あねさん自身じゃなかったですかい」

あかり「(うつむき)……」

未絵、歯を食いしばっている。

陽雀「さてと、反対二票。あかり、どう返す?」

あかり「……『イヤ、恥ずかしながら娘がないで弟子しかおらんのだ』。どうか人情を」

格上芸人「(返す言葉なく)ぐっ……」

未絵「?」

陽雀「かっかっか、徂徠豆腐と来たか。するてぇと何かい、その子が未来の荻生徂徠って訳かい」

未絵「え、私? おぎう?」

あかり「(耳打ち)立派になるんだろ?」

未絵「あ、はい、なります! 私、立派になってみせます!」

陽雀「おう、威勢がよくてけっこうけっこう。どうだぃ、青山?」

青山「いやぁ、陽雀先生に口応えできる身分じゃあございやせんで、あっしは」

陽雀「あかりと親しいお前さん自身の意見を訊きてぇんだよ、おれぁ」

青山「んー、それならあっしは……あねさんに『人を育てる』才があるとは思えませんね、正直」

あかり「あんたね(と声出さず口だけで)」

青山「(ベッと舌出し)」

陽雀「なるほどな、そう言われると」

青山「でも、賛成でさ」

あかり「え?」

青山「あねさんのためより、講談界全体のためを想って、賛成でございやす」

陽雀「はっ、またかっこつけやがって」

あかり「(小声)ヤな奴だよ、ほんとに」

青山「(仕返してやったり、と首すくめ)」

陽雀「おぅ、青山までこう言ってんだ。お前さんも異論はねぇな?」

格上芸人「情けは人のためならず。仕方ねぇ、賛成いたします、はい」

陽雀「よっしゃ。となると、ちと小せぇが、満場一致だな」

未絵「あの、えっと、じゃあ…?」

陽雀「いいよ、認めよう。今から君は講談界の一員だ」

未絵「や、やったー!」

あかり「(苦笑)はしたなくて、どうも……」

陽雀「構わんよ。それで、芸名はもう決まってんのかい」

あかり「あ、はい――(言い出しにくく)」

未絵「(代わって)またねです」

楽屋中が唖然として。

未絵「香田またね。ふつつかでございますが、末永くどうぞよろしくお願いいたします」

頭を下げる。

 

○帰り道(夜)

未絵(以下、またね表記)、電話をしながら歩いている。

またね「うん、まぁね……大丈夫、月曜日はそっち行くから、うん、え、終わったら?」

立ち止まり、夜空を見上げる。

またね「(笑んで)デートしよっか」

空には満月が輝いている。

 

○名護のアパート・内(夜)

物の少ないすっきりした四畳半の部屋に、きちんと折りたたまれた布団とローテーブルが置いてある。そこで名護、パンの耳をカップ麺の汁につけて食べながら、電話をしている。

名護「ん……予約しとくよ、洒落たレストラン、はは、何だよ変な声出して、いいじゃんたまには、さ、贅沢したいんだよ俺も」

横向き、壁の方を見る。

名護「うん、そんじゃ……何だよ、土日も講談とバイトで忙しいんだろ、切るぞ。ああ、月曜に、約束だ。じゃあな」

視線の先の壁にかかったカレンダー、九月三十日月曜日に赤く○がつけられ、「十年記念日」とメモしてある。

 

○あかりの家・和室

座卓を挟んであかりとまたねが対座している。

あかり「講談を志す者がいの一番に覚えるのが、この『三方ヶ原合戦』だ」

座卓の上には古びた台本や合戦の資料などが並べられてある。

またね「みかたがはらのかっせん……?」

あかり「誰と誰との戦いか、ぐらいは知っているだろう?」

またね「……師匠にウソをつくのと叱られるの、どちらか選べと申せば、叱られる方を選びます」

あかり「は?」

またね「知りません」

あかり「(叱れず)なら武田信玄のことは?」

またね「名前だけ」

あかり「まァいいよ。知らないのは仕方ない。ゼロからみっちり学ぶだけさね」

またね「はい、みっちり稽古、お願いします」

あかり「その前にまたね、自分用の張扇出しな。ちゃんと持ってきただろ」

またね「……いえ」

あかり「昨日一度作ってみせてやったね」

またね「はい」

あかり「自分好みに作って持ってこいとも伝えたね」

またね「はい」

あかり「ならなぜ作ってこなかった?」

またね「材料がなかったからです」

あかり「割り箸と紙で申し訳程度に作ってこようとも思わなかったのかい」

またね「それは思いも寄らないアイデアで。よっ、さすが師匠」

あかり「この、おばかっ!」

張扇を座卓で強く叩く。

 

○浜松城公園(日替わり)

「若き日の徳川家康公の銅像」。

それを見上げるまたねとあかり。

またね「へぇ、私のイメージではもっとこう、でっぷりした家康像しかなかったです」

あかり「だろう? やっぱり連れて来て良かったよ、あんたがあそこまで歴史オンチだと知ったときゃあたしゃどうしようかと」

またね「講釈師、見てきたようなウソをつき、ですもんね」

あかり「調子いいんだよ、ったく。あんなに駄々こねてたヤツはどこ行った?」

またね「そりゃ昨日いきなり『浜松行くよ』ですよ、私だって今日――」

あかり「バイトはなし何の予定もないだろ?」

またね「(芝居の稽古とは言えず)か、彼氏とデートとか……」

あかり「家康公とデートなさい。一日でも早く出世したいならね」

またね「はぁい。でも夕飯までには何としてでも帰りますから」

あかり「またあんたって子は修行を何だと」

またね「約束なんです! それだけは!」

と両手を合わせながら。

あかり「わかったわかった。そんじゃ早速、乗り込むよ出世城!」

 

○浜松城天守閣・外観

 

○同・1階・内

「徳川家康三方ヶ原戦没画像」の前で小学生のボランティアガイドがまたねとあかりに説明している。

ガイド「この絵に描かれた家康、一体何歳くらいに見えますか?」

またね「うーん、師匠と同じ五十歳くらい?」

あかり「一言多いよあんたは」

ガイド「残念! 実はこれ、三十一歳の家康を描いたものなんです」

またね「ええっ、私より若いの、これが!?」

ガイド「はい、なぜこれがそんなに老けて見えるかと言いますと、家康が武田信玄に惨敗し、浜松城に逃げ込んだときの姿を自戒として描かせたためであります」

またね「へぇ、家康も若いときは苦労したんだ」

ガイド「以上です。何か質問はございますか?」

あかり「君、あたしの弟子になって講談やらないかい?」

ガイド「?」

またね「ちょっと、師匠!」

あかり「あんたよりよっぽどしっかりしてると思うけどねぇ」

またね「もぉ」

 

○同・3階・展望室

またねとあかりが景色を眺めている。

またね「なんだか……小さいですね、浜松城」

あかり「無礼な、その口、もっと慎ましくならないもんかね」

またね「もっと賢くて上品で世渡り上手だったら私、今頃四畳半には住んでませんよ」

あかり「『人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず』」

またね「何ですかそれ?」

あかり「家康公の遺訓さね。あたしだってあれやこれや望めば至らないこと、取り返しのつかない過ち、他人や世間に対する歯痒さ、山ほどある」

またね「(あかりの横顔を見つめ)……」

あかり「でもね、『及ばざるは過たるよりまされり』」

またね「足りない方が多過ぎるよりいいってことですか?」

あかり「ああ。小ささや未熟さを思い知るから、人は精進し続けることができるのさ」

またね「はぁ……」

あかり「あんた、こういうのに対する反応は薄いんだねぇ」

またね「こう、心の中で噛みしめている感じなんですよっ」

あかり「わかってるよ。で、どうだい、共感できそうかい?」

またね「『三方ヶ原合戦』の話にですか……そりゃもちろん。私、何度も負け戦を経験してきましたから」

あかり「(微笑み)よかったじゃないか、馬鹿で下品で世渡り下手で」

またね「それ、褒め言葉として受け取っておきます」

と、微笑み返す。

 

○荒川べり

名護、まどか、山野、土手に川の字に仰向けになっている。

まどか、名護の方に寝返って、

まどか「ねぇ由基人くん」

名護「ん?」

まどか「もう二時だけど……やんないの? 稽古」

名護「ああ、そうだな」

山野「なんでだよ、まだ座長来てねぇだろー」

名護「ああ、それな……未絵は今日、来ない」

山野「(起き上がり)はぁ? 聞いてねぇぞ俺」

まどか「(起き上がり)まどかも聞いてない」

名護「(起き上がり)なんか急な用事が入ったんだと、それで今日もまた――」

まどか「(立ち去ろうして)帰る」

名護「(まどかの腕を掴む)待てって」

まどか「なんで? まどかだって、資格の勉強したり婚活したりで忙しいんだから……放して!」

名護「わかった、わかったから、ひとまず落ちつこう」

まどか「(むすっと)……」

山野「なーんだ結局未絵のヤツ、両立なんてできそうにねぇじゃん、コウダンと劇団」

まどか「それならいっそ、こんな小さな劇団、解散しちゃった方がいいと思う」

名護「……」

まどか「由基人くんは? どう思う?」

名護「俺は……」

 

○犀ヶ崖資料館・内

古民家のような資料館の中でまたねとあかり、モニターから流れる資料映像(講談師による『三方ヶ原合戦』語り)を見ている。

真剣に見入るまたねの様子にあかりも満足げ。

 

○荒川べり(夕)

夕日が沈みゆく中、名護が独り、川に向かって小石を投げている。

二度投げ終えたところでうつむき、ポケットからリングケースを取り出す。

名護「……」

ケースを開けると、指輪が輝きを放つ。

名護、指輪を手に取り、投げようとする。が、ためらい、投げられず……

名護「情けねぇ……」

 

○むつぎく・外観(夕)

「昭和37年創業浜松餃子」のポスター。奥まった小さな入口の前には、餃子・ラーメンの看板がある。

店主の声「へい、お待ち」

 

○同・店内(夕)

円形に盛られた餃子の中心にもやしが添えられた浜松餃子。

テーブルにまたねとあかりが対座している。

またね「うわー、美味しそう!」

あかり「老舗だからね、ちゃんと味わっていただくんだよ」

またね、餃子を口に入れる。

またね「んー!」

あかり「(娘を見るような眼差しで)よかったねぇ、本当に」

またね「?」

あかり「あんたが来てから、ハリがでたよ」

またね「師匠……(嬉しい)」

あかり「(微笑み)そんだけの明るさや前向きさがあれば、いつか絶対に売れる。失くしちまうんじゃないよ、たとえ何があっても、さ」

またね「はい!」

と、餃子を勢いよく口に入れる。

またね「んまい!」

店主「へい、ホルモン焼」

ホルモン焼がテーブルに運ばれる。

あかり「どうも」

またね「あーそれも美味しそう! 一口(ください)!」

あかり「気が多いんだよ、ったく」

またね「いいじゃないですか、何でも経験、経験」

あかり「太って彼氏にフラれても、あたしゃ知らないからね」

と、ホルモン焼の皿を差し出す。

またね「わー……い(思い出した)師匠、いま何時ですかっ!?」

あかり「あら、あんた腕時計してなかったかい?」

またね「(何もない腕を見て)ああ、忘れてたー!」

と、餃子を慌てて口いっぱいに入れる。

他の客たち、驚いて見ている。

あかり「はは、どうもぉ」

と苦笑し、会釈する。

またね「(食べながら)師匠、早く! 早く!」

 

○走る新幹線こだま(夕)

(できれば)富士山を背景に勢い良く走り抜けてゆく。

 

○帰り道(夜)

またね、憔悴して駅から出てくる。

またね「はぁー、やっっと着いた……」

ふと立ち止まり、

またね「そうだ、名護くん」

と、急いで携帯電話を取り出す。

不在着信やメールが溜まっている。

またね「あぁーん、もぅ……」

電柱(壁)にもたれかかって、

またね「てゆうか、怒ってるだろうなぁ、芝居の稽古どころかデートも行けなかったし……最悪だ、私……しょうがない、メールでも入れとこう」

と、携帯でメールを打つ。

宛先「名護くん」

件名「ごめんね」

本文「待ってて。すぐ行くから」――

「ブー」とブザー音が鳴り響く――