難民の選挙 結

○同・居間(夜)

簡素な選挙事務所になっている。

「告示日まであと3日」と壁に掲示されてある。その前のテーブルで――

物部、週刊誌を須和の前に叩きつける。

ハガキのあて名書きをしていた吉平、お茶を入れていた佐代里、驚く。

物部「(付箋の場所を広げ)何なんだこれは!」

須和「え、何って…?」

「(未来の)ホームレス政治家、(早くも)美女と密会!?」の見出し。

須和「え……(絶句)」

物部「これは、本当か?」

須和「……」

物部「本当なのかと聞いているんだ!」

佐代里「あなた、何もそんな……」

物部「お前は少し黙っていなさい! これは……私と須和くんとの絆の根底に関わる問題なんだ」

吉平「(立ち上がって)オイラ、ちょいと用事思い出した」

佐代里「あ、私も……」

吉平と佐代里、去って行く。

物部「……須和くん、これが何を意味するか、分かっているだろうね?」

須和「いや――」

物部「裏切りだよ! 君の言葉を信じた市民に対して、政治活動を手伝ってくれたスタッフに対して、そして――」

須和「何より、物部さんに対して」

物部「……(堪える)」

須和「だけど、僕はただ取材を受けただけです。この記事のほとんどはでっち上げです」

物部「たとえそれでも、それでもだ――」

須和「有権者は、僕に幻滅するでしょうね。あれだけ、誠実さを主張し、更生した姿を信用して頂こうと……頑張ったんだから」

物部「……くそっ! これだから若者は――」

須和「……何ですか、それ…?」

物部「思慮に欠ける、不注意にも程がある!」

須和「……そうですか、それが本音でしたか……分かりました(と、立ち上がる)」

物部「……逃げるのか?」

須和「分かりません」

と、去ってゆく。

物部、週刊誌を壁に投げつける。

須和のポスターにぶつかって、落ちる。

 

○高架下(夜)

田丸と中前がうずくまっている。

そこへ、吉平がやって来る。

吉平「タマさん、ナカさん」

田丸と中前、顔を上げる。

吉平「(膝をつき)頼む、ギンを……須和ぎんぺいを、助けてやってくれ…!」

と、土下座する。

田丸と中前、顔を見合わせ、困惑――

 

○成央駅・前(深夜)

須和が歩いて来る。茫然と。

そして、電話ボックスへ入る。

受話器を取る。ツー、ツー……

須和「……」

清潔な格好である。が、小銭さえない。頼る宛てもない。流す涙もない。

須和「……(ふと)今日は、四月十日……」

ダイヤルを押す。「0120-738-556」(日本いのちの電話連盟フリーダイヤル)

N「こちらは、一人で悩んでいる人のための相談電話です。どうぞお話ください」

須和「あの……俺、ろくでもないホームレスだったんです……ほんの三ヶ月前まで……でも、もう失うモンなんて何もねぇや、ってがむしゃらに闘おうとしたんです、立ち上がって、やり直そうとしたんです……けどやっぱり……無理でした……」

N「あなたはまだ生きているじゃありませんか。どうして無理だと思われるのですか?」

須和「だって、仲間ができたら、好きな人たちができたら、幸せになったら……失うモンなんてどんどん増えて……余計、つれぇじゃないっすか……もう、だから……だから、俺……」

N「もう、愛するものは何もありませんか?」

須和「……あります」

N「それは、何ですか?」

須和「この……まちです」

透明な扉が叩かれる。

須和、ふり向く。

杉岡、安野、戸川が壁の向こうに立っている。にっ、と笑顔で。

須和、無理して、笑顔を見せる。

 

○成央市役所・選挙管理委員会(朝)

立候補届出を受付に提出する、須和。付き添いに吉平。

×    ×    ×

受理され、選挙の七つ道具(標札や腕章など)を支給される。

×    ×    ×

他候補者陣営(藤波と他二名の中高年)と、ポスター掲示板番号をくじ引き。くじを引く藤波。くじを引く須和。

 

○河川敷(朝)

仮設(ダンボールなど)の選挙事務所。

公費負担で賃借した選挙カーが停められ、選管で交付された標旗などが立つ。

ホームレスたちが集まっている。

吉平「(拡声器で)よし、それじゃ出陣式を始める。まず後援会長あいさつ。オイラだ! みんなおはよう!」

叫ぶようにあいさつする一同。

吉平「来賓……いねぇ! 飛ばして、市長選立候補者本人による第一声! ギン」

と、拡声器を須和に渡す。

スーツはすっかり汚れている。

須和「(深呼吸し)無権者の皆さん、気合い入ってますか?」

一同「おー!」

須和「これは無血革命です。正式な手続きを踏んで、勝負に勝って、権利を勝ち取るんです! 人生をやり直す権利を!」

一同「おっしゃー!」

吉平「ほれ、ギン!」

と、紙粘土でつくった不細工のだるまを差出す。それに須和、地べたの泥をすくって、片目を入れる。

 

○走る選挙カー

中前が運転。須和が手を振り、安野、戸川がカラスボーイを務める。

安野「(文例の棒読みだが)ただいま、立候補の届け出を済ませていち早く成央市民の皆さんにごあいさつとお願いに参りました」

戸川「向こう七日間に渡りお騒がせいたしますが、どうぞ皆さんのご理解、ご支援を須和ぎんぺいにお寄せくださるようお願い申し上げます」

須和「お願いします!」

 

○まちのポスター掲示板

杉岡たちが須和のポスターを器用に素早く貼る光景。

杉岡「いいねぇ、次は三丁目の角、行くぞ!」

○成央駅・前

並んだ電話ボックスを占拠し、タウンページを使っての電話作戦(応援要請)をする田丸たち。

田丸「(マニュアルを参考に)……ええ、無所属の新人で何の実績もありません。この市長選、大変厳しい戦いが予想されます。皆様のご支援だけが頼りです。何卒……」

相手から批判を受けたらしく、

田丸「それでも、それでも須和ぎんぺいは誰よりも熱く、このまちを愛してるんです! だから――!」

電話を一方的に切られる。

受話器を置き、チェック欄に×を書く。

ため息をつく田丸、自らの頬を叩き、再び受話器を取る。

 

○選挙運動のモンタージュ

駆け回るホームレスたち。指示を出す吉平。走り回る選挙カー。

選挙カーの上からにこやかに手を振る藤浪。高級スーツに身を包み、仲間を引き連れ優雅に握手を交わす藤浪。

汚れたスーツに身を包み、懇願するようにお辞儀する須和。道路に立って必死に街頭演説(まちへの恩返しをスローガンに)する須和。

そして――

 

○成央市立中学校・体育館(夕)

横長の紙に書かれた「須和ぎんぺい総決起集会」。

館内を埋め尽くすほどの聴衆――拍手が沸く。壇上の吉平に招かれて、須和、立つ。

須和「……(マイクを前に俯く。嗚咽する)」

息を呑んで見守る人々。

須和「(顔を上げ)もう……何が何だか……こんなに……あの、これって、夢ですか?」

一同、笑う。

須和「夢でもいいです。もう僕が皆さんに伝えたいことは全部伝えました。この中で、僕があいさつを交わしていない人は誰一人いません。こんなに看視の眼があったら、二度と週刊誌に載るようなことはできません。どうか……僕の失態を、不注意を、お許しください。そして、もしそれでも、それでも僕を信じ、応援し、チャンスを与えてくれるのなら、明日、投票用紙に須和ぎんぺい、と名前を書いてください。昔は両親も、この名前も嫌いでした。でも今ならはっきりと言えます。僕を産んで、この名前をつけてくれたことを、両親に感謝しています。それから――」

聴衆の群れの後ろで、物部夫妻が微笑んでいる。

須和「物部さん、俺……やってやりましたよ……」

物部「ああ……ああ、分かっている……」

須和「本当に……ありがとうございました!! 最後まで何卒、よろしくお願いしますっ!!」

演台に頭をぶつけるように、礼!

 

○投票所(公民館など)

市民が立候補者氏名を確認しながら、投票用紙に記名する。

そして、投票箱に投票用紙を入れる。

その投票箱――

 

 

 

〈了〉